本と巡る山陰の旅 | 玉造温泉・出雲神々縁結びの宿「紺家」

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「尼子経久」と月山富田城

普段の何気ない風景も一冊の本で、ドラマチックで味わい深い時間と空間へ一変します。
安来の奥にある広瀬町。飯梨川右岸の急峻な山、月山にある富田城へ「尼子経久」という本を持って行ってきました。
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この歴史小説の舞台でもある富田城は、難攻不落の「天空の城」とも呼ばれ、急斜面に広葉樹が生茂った天然の要塞城です。鉄砲伝来前というと、弓矢、刀、槍などで体と体がぶつかり合って接近して戦う中世の山城です。
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そのお城を本拠地にしていたのが尼子経久。出雲地方の大名で、著者の中村氏によれば、戦国時代に日本で初めて下克上をした人だそうです。中央に逆らった初めての人…。力のあるお方だったのでしょうね。
では行って見ましょう。
まずは大手門跡。まずはここで敵を塞ぐのでしょう。
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そのまま上げって行くと、ちょっと広い山中御殿平というところ。
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ここから急に山道に入ります。七曲がりという石畳が敷かれている小道。
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本当に7つ曲がるのかと数えていたら、あまりに急できつい坂なので、数を忘れてしまいました…。
しかし、ここしか登る道がないとは、攻める方はたいへんです。きっと上から石やら弓矢やらいろんなものが降ってきたのでしょう。
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30℃を越える初夏の晴天。汗が滝の様に流れてきます。
山道が明るくなったと思った瞬間、急に眼の前に平地が開けます。まずは三の丸です。富田城は3つの曲輪(くるわ)で構成されています。一番奥に、本丸。手間に二の丸、三の丸です。
曲輪とは、防御陣地に建物などを立てる平地だそうです。
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三の丸の石垣をぐるっと回って進むと、二の丸へ。なんだか今にも石垣の上から尼子兵が飛び下りてきそうなくらい、人のサイズを意識した親しみのある石垣です。幼い頃の合戦ごっこを思い出します。松江城のような都市型の平山城とは全然違いますね。
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二の丸と本丸の間は谷のようになっていて、そこを登ると頂上、本丸です。
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なーんにもなーい頂上です。でもそこで本を開くと、眼の前にお城と勇敢な侍達が見張りをしている姿が現れます。
尼子経久がお父さんの後を継いで出雲を納めるに、公役を怠ったりと生意気なため幕府とまわりの国侍が尼子経久を追放します。流浪する経久は富田城奪還を目指して仲間を集め、ある作戦を立てるのですが、どんな作戦か?ここでネタバレすると面白くないのでぜひ本を読んでください。
難攻不落のこの城を少人数であっという間に取り返した経久の智将ぶりには今の世でも学ぶべきものがあります。
応仁の乱で中央が弱くなり、権力が地方へと移っていく時代。人望、知恵、武力、優れた能力を持った地方の人々が台頭し、下克上を起こしてゆきます。きっとみんないきいきしていたんでしょうね。
戦国乱世を生きた人たちに思いを馳せながら下山しました。
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