荒神谷遺跡 | 玉造温泉・出雲神々縁結びの宿「紺家」

玉造温泉・出雲神々縁結びの宿「紺家」

お電話でのご予約はフリーダイヤル0120-01-3333

宿泊ご予約

イメージ写真1 イメージ写真2 イメージ写真3

紺家ブログ

島根 出雲・玉造温泉の旅館「紺家」がお届けする、季節のお便りです。
紺家の日常や、玉造温泉や出雲周辺の催し情報などをお届けします。

荒神谷遺跡

小雨が降ったりやんだりのどんよりした曇りの日に久しぶりに荒神谷遺跡に行ってきました。
1984年に銅剣が358本、翌年に銅矛16本と銅鐸6個が出土した有名な遺跡ですね。
もうあれから27年も経ったんですか…
20111014_0000.png
27年経った今でもなぜ大量の銅剣が埋められていたのかをはっきりしないとボランティアのガイドの方が説明をされてました。
20111014_0008.JPG
どうしてここに埋められていたんでしょうね。想像するだけで楽しくなってきます。
20111014_0010.JPG
今は整備されていますが、昔はマムシでも出てきそうな谷の奥に遺跡がありました。
20111014_0011.JPG
整然と並べられている銅剣群を見ると、古代の人達が大事に一本一本並べているのが目に浮かんできます。
20111014_0013.JPG
ただ資料を読みますと、そうではないことが分かってきます。実は、奥の二列は、同じ方向に揃ってますが、手前の二列は交互に並べられているそうです。
ある先生の説は、奥から一本一本並べていたところ、段々と手前の持つ所が厚いため膨らんできて、途中から前後のバランスを取るために交互にしたのではないかということです。面白いですね。
しかし、もしも銅剣が神聖で大事なものでしたら、そうしましたでしょうか。私だったら途中で並びが綺麗でないと感じて、最初からやり直すと思うんですが…、私って神経質かも…
複数人で作業をして途中で「交互にしたらいいんじゃないか」と意見が上がったのかもしれません。
では、そのような大事そうだけどそうでもなさそうな感覚で取り扱う銅剣はどのようなものだったんでしょう。
勝手に想像させていただきますと、いままで大事なものだったけれど、これからはそうでない物。のように感じます。それは並べ方だけでなく、344本に付けられた「×」印の刻印からも感じます。
20111014_0022.JPG
なぜここに埋められたのか僭越ながら想像してみてもよろしいでしょうか。
秋の夜長、こうやって古代に思いを馳せるのもいいものですね。
荒神谷遺跡の発掘の12年後の1996年にこれまた大量の銅鐸が出土した加茂岩倉遺跡にも行ってきましたので、そちらも見てから考えてみましょう。
20111014_0018.JPG
◆紺家からのルート

大きな地図で見る

只今ブログランキングに参加しています。
よろしければ、↓応援のクリックをして頂けるとたいへん励みになります↓

にほんブログ村 旅行ブログ 中国地方旅行へ にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 島根県情報へ

またのお越しをお待ちしております。


  • ご予約はこちらから 宿泊予約・空室照会
  • お電話でのご予約・お問い合わせはフリーダイヤル0120-01-3333